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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)583号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

本件荒湯の設置、管理の瑕疵の有無と本件事故の態様(同請求の原因3、4)について

1 <証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件荒湯のある湯村温泉は、今からおよそ一二〇〇年前に天台第二の座主慈覚大師により開祖された古い熱泉で、山峡の清流春来川のほとりにあるその源泉(地元ではこれを「荒湯」と称している。以下これを「荒湯」という。)からは、現在なお摂氏九八度の熱湯が一分間に約四一五リットル湧出している。

地元では、古くから、右湧出する湯を同所から各旅館等に引いて温泉用として利用するほか、春来川に落しているその余り湯を野菜、山菜、魚介類等を茹でるのに利用し、さらにはこれを春来川の水と混合したうえ洗濯用に利用している。

このような湯煙り立つ荒湯とその周辺の状況は、山峡の温泉として独特の情緒を醸し出しているため、荒湯周辺は同温泉一番の観光名所となつている。そして、同所には、主として観光客の見物に供するため三つの荒湯桶(以下これを「観光用荒湯」という。)その他の施設が整備されるとともに、地元住民等の前記物茹で用に供するため本件荒湯が設置されている。なお、いわゆる荒湯として観光客に広く知られているのは、観光用荒湯であつて、本件荒湯の方はそれほど知られていない。

(二) 本件荒湯の設置状況及びその周辺の状況は、概略別紙第一図面及び第二図面記載のとおりである。

本件荒湯桶は、観光用荒湯を一周する遊歩道の下約1.5メートルの春来川の河川敷内に設置されているが、これは、その内部が縦約三〇二センチメートル、横約五〇センチメートル、高さ約五〇セソチメートルの直方体となつているコンクリート製の桶で、その上端の周囲には、約一〇センチメートル角の桧材をもつて作られた木枠が取付けられている。そして、現在、右木枠の上に四枚の格子型の木蓋が取付けられているが、これは被控訴人が本件事故後取りつけたもので、本件事故当時には、右木蓋は取付けられていなかつた。そして、本件荒湯桶には、右木枠の上端からそれぞれ約二七センチメートル及び約四〇センチメートル下のところに直径約八センチメートルのパイプ穴が設置されており、観光用荒湯桶を経て一定の速度をもつて本件荒湯桶に流入する湯は、右二つの穴を通じて春来川へ流出する仕組になつている。なお、本件荒湯に溜つている湯の深さは、右流入する湯の量が一個の穴から充分流出する程度のものであるため、下の穴が開けられこれから湯が流出している場合には約二〇センチメートルであり、これが塞がれ上の穴から湯が流出している場合には約三三センチメートルである。

そして、現在、前記遊歩道等から観光客等が誤つて春来川の河川敷に転落するのを防止するため、春来川に沿い本件荒湯上の部分を含めて約四〇メートルにわたり高さ約八〇センチメートルの防護柵が設置されているが、これは、被控訴人が本件事故後従前からの後記防護柵を取除いて新たに設置したものである。そして、本件事故当時同所に設置されていた防護柵は、遅くとも昭和初期の本件荒湯桶が設置される前から設置されていたもので、これは、コンクリート製の支柱に太さ約二〇センチメートルの鉄パイプ一本を通した構造の、高さ約四〇センチメートルのもの(以下これを「本件防護柵」ともいう。)であつた。

なお、亡博晟が転落直前に本件防護柵に腰かけようとした地点からほど遠くない前記遊歩道上には、昭和五二年ころ以来、観光客等の休憩用として三個の長椅子が本件防護柵に接して設置されていた。また、本件事故発生当時、本件荒湯附近には、被控訴人により、荒湯が高温のため危険である旨を警告する立札が設置され、同所附近に設置した水銀灯をもつて夜間でも右立札はもとより各荒湯桶及びその周辺を昼間のように明るく照らしていた。

(三) 荒湯は、前記のように高温であるため、人が誤つてこれ(但し、観光用荒湯。当時工事中であつたものも含む。)に転落し全身火傷により死亡するという事故が、昭和二八年以降本件事故発生時までの間に、三件発生している。そのため、これを設置、管理している被控訴人としても、その危険性については充分これを認識し、右のような事故の発生を防止するため、本件事故発生時までの間に、三つの観光用荒湯桶については、その周囲に高さ約一メートルの防護柵を設置しあるいはこれに格子型の蓋を取付ける等の措置をとつていた。しかし、被控訴人は、本件荒湯については、従来人が誤つてその湯桶の中に転落するという事故はもとより、人が前記遊歩道等から誤つて本件防護柵を乗越えて春来川の河川敷に転落するという事故も発生したことがなかつたところから、前記遊歩道から人が誤つて本件荒湯に転落するのを防止するための防護柵としては本件防護柵で充分であるとし、本件防護柵をもつと高い防護柵に改めることは全く考えなかつた。また、被控訴人は、本件荒湯桶に蓋を取付けることについては、管理関係者間で一時検討したことがあつたが、非力な老令者等が本件荒湯を利用するのに不便である等の理由で、結局これを実現しなかつた。そのため、本件事故発生当時、本件荒湯桶には蓋は取付けられておらず、前記遊歩道から人が誤つて本件荒湯に転落するのを防止するための防護柵としては、本件防護柵が設置されていたのみであつた。

そして、被控訴人は、本件事故発生当時、前記当審における被控訴人の主張2の各措置をとつていたものの、観光用荒湯については、格別の規制を設けることなく、これを観光客等の自由な見物に委ねていた。したがつて、例えば泥酔者のように荒湯の危険性を充分認識しかつ右認識に従つて合理的な行動をする能力に欠ける者が荒湯附近に立入ることもありえた。また、被控訴人は、本件荒湯を同様に地元住民等の自由な利用に委ねており、これらの利用者に対し、利用終了時には下の穴を開けて湯が同所から流出する状態に戻しておくように注意を呼びかけるということはしていなかつた。

(四) 亡博晟は、本件事故当日、朝九時ころから昼ころまで町内の野球大会に出場した後、夕食をとらずに夕方五時ころから九時ころまで残念会と称して同僚とビールを飲み、その後引き続き二次会のため一〇名位でタクシーに乗車して隣町の湯村温泉に出かけ、同温泉のスナック「サントス」で同僚とビールやウイスキーを飲んだ。そして、亡博晟は、同日午後一一時すぎころ、同僚と共に右スナックを出て、帰宅するため徒歩で三三五五にタクシー乗場に向う途中、荒湯に立寄つた。このとき、附近の商店は深夜のため店を閉めており(したがつて、被控訴人主張の録音テープは流していなかつた。)、危険な行動をする者に対する監視も行なわれていなかつた。亡博晟は、本件荒湯上の前記遊歩道において、「気持がいいな。」といいながら、休憩のため同所に設置されていた本件防護柵に腰かけようとしたが、その際、飲酒により泥酔という程ではないが相当酩酊していたため、身体の平衡を失い、そのまま両手を上にあげたまま仰向けになつて本件荒湯桶の中に転落した(なお、もし亡博晟が同所からほど遠くない所に設置されていた長椅子に腰かけておれば、このような事故は発生しなかつた。)。そして、当時、本件荒湯桶の中には、たまたま下の穴が塞がれていた関係で、深さ約三三センチメートルの湯が溜つていたため、亡博晟の身体はこの中にすつぽりと浸つてしまつた。

なお、本件荒湯は、前記のように観光客等にそれほど知られておらず、また、同日亡博晟と行動を共にした同僚達の殆んどもその存在を知らなかつたのであり、本件において、亡博晟が本件荒湯の存在を知つていたとする根拠はない。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2 そこで、右認定の事実関係に基づいて、本件荒湯の設置、管理に瑕疵があつたか否かについて判断する。

(一) 本件荒湯桶の中には摂氏九八度という高温の湯が一定の速度をもつて流入し、流出し、同所に溜つている湯の深さは常時約二〇ないし三三センチメートルであるというのであるから、このような本件荒湯桶に人が誤つて転落するようなことにでもなれば、その人はたちまち大火傷をして生命を失うことになることは明らかである。そして、湯桶の構造をはじめとする前記のような本件荒湯の設置、管理の状況からすれば、本件荒湯は、その危険性につき充分な認識を欠く地元の子供らが本件荒湯附近で遊ぶ際誤つてこれに転落したり、また、温泉場の観光名所としての場所柄夜間飲酒酩酊のうえ同所を訪れることの多い観光客等が本件荒湯の存在に気付かないまま前記遊歩道から何らかの拍子に誤つて本件防護柵を乗越えこれに転落する危険があつたというべきである。したがつて、本件荒湯については、右の危険を防止するため、その湯桶に蓋を取付けると共に、本件防護柵のうち少なくとも本件荒湯上の部分を右転落を防止するに足りる従前の二倍程度の高さをもつものに改める必要があつたというべきである。

(二) ところで、被控訴人は、「観光客その他の通常人は、高さ約四〇センチメートルの本件防護柵により、『本件防護柵の春来川、本件荒湯側は危険であるので充分注意すべきである。』旨を充分理解しうる筈であるから、本件防護柵はこの種の防護柵としての必要条件を充たしている。」とし、「観光客が本件防護柵に腰かけて休憩したりあるいは防護柵に乗つてふざける等の行為は副次的にせよ予期しておらず、また、かような特殊な不心得者のあることを予期した施設を設置すべき義務は法律上要求されていない。」等と主張する(原判決事実摘示の請求の原因に対する認否3の(一))。

しかし、右主張のうち前段は、荒湯を訪れる観光客等がすべて本件荒湯の危険性を充分認識しかつ右認識に従つて合理的な行動をする能力をもつていることを前提としているが、被控訴人が前記のとおり荒湯を観光客等の自由な見物に委ねている関係で観光客等の中には飲酒酩酊等により右の能力を欠いている者が含まれている以上、右の主張は前提を欠くというべきであつて、これを採用することはできない。

また、同後段についても、次に述べる理由により、これを採用することはできない。すなわち、本件荒湯上の本件防護柵の高さが約四〇センチメートルであつて丁度人が腰をかけるのに適しているところから、歩き疲れた観光客等が休憩のためこれに(ほど遠くない所に休憩用の長椅子が三個設置されているとしても)腰をかけるということも、右観光客等の行動としては一般に予想されるところであり、また、いまだ危険を充分認識することができない子供らが丁度高さの適当な本件防護柵上に乗つてふざける等ということも、右のような子供らの行動としては一般に予想されるところである。したがつて、前記のような危険のある本件荒湯を設置、管理している被控訴人としては、少なくとも前記措置をとるべき法律上の義務があつたというべきである。

(三) さらに、被控訴人は、「本件荒湯桶に蓋を取付けた場合、利用の都度蓋を取りはずしまた原状に復するようにしなければならないが、老人や婦人等にこの作業を要求することは、労力的にも心理的にも高度の負担であり、さらに本件荒湯を利用する際に蓋の上に乗せた物品等が湯桶の中に落下しその反射湯をかぶつて火傷をする等の事故が多発する。」とし、このことを理由に「被控訴人には本件荒湯桶に蓋を設置する義務はなく、蓋をすることはかえつて事故を招来する危険を増大する。」旨主張する(同請求の原因に対する認否3の(二))。そして、原審及び当審証人河越澄衛の証言によれば、被控訴人は本件事故発生後本件荒湯桶に人の転落防止用の四枚の木蓋を取付け、利用者に対し利用の都度これを取りはずしまた原状に復することを励行させているが、右の蓋がかなり重いものである関係で、このことが非力な老令者等に対し本件荒湯の利用上多少の不便を強いる結果になつていること及び利用者が木蓋の一部を取りはずさないでこれに物品を置く形で利用していた際右物品を誤つて湯桶の中に落しその反射湯を浴びて火傷をしたことがあつた(但し、本件全証拠によるも、このような事故が多発したとまでは認めるに足りない。)ことが認められる。

しかしながら、本件荒湯桶に蓋を取付けることによる右利用上の不便や右のような事故発生の危険性(なお、右のような事故の発生は、被控訴人が本件荒湯の利用者に対し蓋の上に物品を置かないよう注意を喚起することなどにより殆どこれを防止できるものと思われる。)は、蓋を取付けないことにより発生する危険性のある人命損失事故の重大さに比較すれば問題とするに足りないというべきである。したがつて、右利用上の不便や右のような事故発生の危険性を理由とする被控訴人の右主張は採用できない。

(四) してみれば、本件荒湯は、人がこれに転落すればその生命を失う危険性の極めて高い公の営造物であるところ、これを設置、管理する被控訴人は、本件荒湯桶に人の転落防止用の蓋を取付けず、かつ本件防護柵のうち本件荒湯上の部分を観光客等が前記遊歩道から何らかの拍子で誤つて本件荒湯桶の中に転落するのを防止するに足りない前記高さ及び構造のまま放置し、結局本件荒湯をしてこれが本来備えるべき安全性を欠く状態にしていたものというべきであり、換言すれば、被控訴人の本件荒湯の設置、管理に瑕疵があつたというべきである。

(栗山忍 河田貢 松尾政行)

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